今回は、五代路子さんについてまとめていきます。
五大路子の息子(長男)は大和田悠太。
まずは、五大さんのかんたんなプロフィールをまとめてみます!
五大 路子(ごだい みちこ、1952年9月22日 – )は、日本の女優である。
株式会社オフサイド所属。『横浜夢座プロジェクト』の座長を務める。
出生名は岩岡 美智子(いわおか みちこ)、現在の本名は大和田 美智子(おおわだ みちこ)。
五大さんは、舞台や映画などに出演する、日本を代表する女優さんです。
旦那さんは同じく俳優である大和田伸也さんです。
こちらの2人のなれそめを少し調べてみると…
実は大和田伸也の出演する水戸黄門にゲスト女優として「共演」したのがきっかけになったようですね。
共演がきっかけだったのですね!
また、お二人はとても仲が良く「大和田伸也・五大路子フレンズクラブ」というお二人の立ち上げたホームページまで立ち上げています。
とても仲が良いお二人のファンクラブのイベントには、沢山のファンの方でにぎわうそうです。
とても仲が良い夫婦で羨ましいですね。
そんなお二人には息子さんがいらっしゃいます。
まず、長男の大和田悠太さんです。
長男の大和田悠太さんは、ご両親と同じように俳優として活躍されています。
長男の大和田悠太さんは、映画や舞台、テレビドラマに数々の作品に参加しており、知名度をどんどん上げています。
悠太さんは舞台やドラマ、映画などに出演しています。
しかし、最近バラエティに出たときにこんなことを話されているようです。
「浮かれていて、こういう仕事(親との共演)が続いていくと思っていました」という悠太の俳優業は挫折。
2014年に1歳年下の女性と結婚したが、現在は1年半、俳優としての仕事がない状態だという。
両親が大物ということもあって注目を集めますが、芸能界は厳しいですね。
中々仕事がないようです。
2014年にご結婚された奥さまですが、
高校時代のバイトが一緒だった。
ずっと友達だったんですけど、結婚できたんです
一般の女性のようですね。
芸能生活だけでは養えないのでしょうか。
厳しいですね…。
最近のメインの仕事はニュースキャスターのようです。
2016年4月からはJ:COM 南横浜・横浜の地方の情報番組「デイリーニュース横浜」で月・火・水のメインキャスターをやっているそうです。
しかしこれだけではなかなか現実は厳しいみたいです。
今後の活躍に期待ですね。
五大路子の息子(次男)は大和田健介。
続いて次男の大和田健介さんについてです。
2007年、映画「恋空」で俳優デビューされ、以降、「ツナグ」「脳男」「サクラ花-桜花最期の特攻」など、話題の映画に数多く出演されている、大和田健介(おおわだ けんすけ)さん。
その素朴で自然体な演技が、若い女性を中心に支持されています。
健介さんも役者をしています。
出演作品を見ると、有名なものばかりです。
自然体な演技をする俳優さんのようです。
また、こちらの作品は皆さんの印象に残っているのではないでしょうか。
そして、2010年には、「AC JAPAN」のCM「見える気持ちに」篇で、電車の中では、恥ずかしさから、妊婦さんに席を譲ることができなかったものの、その後、階段を登るおばあさんを、勇気を出して助ける高校生を演じられると、たちまち注目を集められ、ネット上で話題に!
震災の頃よく流されていたCMです。
確かに、自然体と言われるとしっくりくるとてもいい演技をされる方ですね。
また、NHKの朝の連続テレビ小説「花子とアン」でも、重要な役どころを担っていました。
健介です。坊主第2弾。
来週よりNHK朝の連続ドラマ 『花子とアン』に出演します!
仲間由紀恵さんの息子、純平 役です。
16歳から~務めさせて頂きます。
28日(木曜)から登場です。精一杯生きます!
仲間由紀恵さん演じる白蓮の息子で、戦争に行ったまま帰ってこない悲しい運命を背負う難しい役どころを演じ、話題となりました。
今後ますます活躍することでしょう。
五大路子に病気の噂が?
ネットの検索ワードには「五大路子 病気」の文字がありますが、実際はどのような症状なのでしょうか。
五大路子の病気であるの噂、現時点では特筆すべきものはなく、デマの可能性が高いです。
実は、歌手で名前が似ている伍代夏子さんと勘違いされ、検索している方がいるようなのです。
伍代夏子さんは一時期病気を患い、闘病生活を送っています。
その当時のことについて語っている記事が多く出回っているため、五大さんのものと勘違いされているのでしょう。
五大さんは現在も元気に女優生活を送っています。
2017年1月には、終戦直後の横浜を舞台にした、「風の吹く街~野毛坂ダウンタウン・ストーリー」に、出演されている五大さんですが、60代も後半に差し掛かっているとは到底思えないパワーの源は、やはり、生まれ育った街、横浜を表現することへの情熱なのかもしれませんね。
これからもお元気に、旦那さんと仲良く過ごしてほしいですね。