石井めぐみの息子で長男は近優斗。次男は?ゆっぴいって?現在どうしてる?

元女優で現在国立市議会議員の石井めぐみ、息子(長男)のこと、息子(次男)について、石井めぐみは今どうしているのか?についてまとめてみました。

石井めぐみについて

石井めぐみは本名を石井葉子といい、元女優でありながら、今は国立市議会議員という異例の経歴を持つ女性です。

東京都調布市出身。1977年、東京都立国立高等学校卒業。

1979年、早稲田大学教育学部に入学と同時に、少女マンガ研究会『早稲田おとめちっくクラブ』を仲間3人と共に立ち上げた。

初代の副会長。

当時流行っていた少女趣味的な恋愛漫画が好きだったようですね。

研究会という名の愛好会といったところでしょうか?

さらに在学中に友人の自主製作映画に出演し、8ミリ映画の賞を受賞したことをきっかけに、1979年に松竹映画『夜叉ヶ池』の木の芽峠の山椿(妖精)役で映画デビュー。

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大学で映画に出演したことから、女優としてデビューしていったんですね。

この時点で少し変わった形で女優となってますよね。

ものすごく可愛いですよね!

デビュー後、映画やテレビドラマなどにも出演して、テレビ番組にも出演しています。

ドラマの他にもフジテレビ系のバラエティ番組『オレたちひょうきん族』に1984年から出演して人気を得た。

この番組に出ることで、一気に世間に知れ渡って有名女優となっていったんですね。

この後、2度結婚をして、女性支援の会社を立ち上げたり山梨県の親善大使になったり、カメラマンになったりと様々な方向で活躍したのちに、2015年に国立市議会議員に当選して活躍していらっしゃいます。

なんとも活発な女性ですよね。

1分野ではなく関連性のない多分野で活躍していらっしゃるということが面白いですよね。

石井めぐみの息子(長男)は近優斗。

そんな石井めぐみさんですが、結婚を2度しています。

1度目は25歳の時に一般の男性と結婚されて、4年で離婚しています。

そして34歳の時にテレビ局のディレクターの男性と再婚して、この時に子供を2人儲けました。

お子さんを授かったのは2度目の結婚の時だったんですね。

今はどうしているのでしょうか?

1999年、長男が死去。2000年9月、42歳で離婚。

次男は父親との生活を選び、親権は夫が取得した。

…そうだったんですね。

御愁傷様です。

息子さんを2人産んだのに、長男は死去して次男は父親と一緒に…。

石井めぐみさんの再婚のお相手ですが、名前を近広史さんといいます。

なんでもテレビ局の敏腕プロデューサーでもあり、構成作家でもあったそうです。

このお二人の間に生まれた息子さんのお名前は長男は優斗くんといいます。

ゆうと君」で「ゆっぴい君」とも呼ばれていたそうです。

しかし次男の名前は公表されてはいませんでした。

石井めぐみの息子(長男)・近優斗に病気がある事を著書「笑ってよ、ゆっぴい」で告白。

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長男の優斗君ですが、なんでも生まれながらの脳性麻痺だったそうです。

出生時に低酸素状態であり、大脳機能は大幅に失われていて、食事を自分ですることもままならない、という状態だったんですね。

肺炎や低体温にも悩まされていて、チューブで栄養を摂っていたという状況だったそうです。

そんな優斗君のことを著書「笑ってよ、ゆっぴい」として出版したそうです。

1996年、脳性まひを患った長男のことを記した『笑ってよ、ゆっぴい』を出版し、同年から1999年までフジテレビ系の単発のスペシャル枠で『ゆっぴいのばんそうこう』としてドキュメンタリーが放送されて話題になった。

テレビ番組にもなったようですね。

石井めぐみの息子(長男)・近優斗は1999年に逝去。

優斗君ですが、病気が元で1999年に亡くなっています。

1999年、長男が死去。

闘病の甲斐なく8歳という幼さで亡くなってしまいました。

この翌年に、優斗君が亡くなってしまい絆が薄れてしまったのかもしれません、近広史さんとも離婚することになってしまいました。

この時、次男の息子さんの親権は近広史さんが持つことになったそうです。

石井めぐみの息子(次男)について

石井めぐみさんの次男についてですが、1994年に生まれたということ以外は公表されていません。

今は23か24歳といったところでしょうか?

長男の優斗君が亡くなって、近広史さんと離婚された時に次男は父親について行きました。

病気の長男の優斗君に付きっきりで次男にはあまり構ってやれなかったのではないでしょうか?

石井めぐみは現在どうしてる?

石井めぐみさんは離婚した後、どうしていたのでしょうか

重度障害児の親の会「てんしのわ」の発起人及び代表の1人を務め、女優やタレント活動の傍ら、講演などの活動を行なっている。

NHK教育テレビ『福祉ネットワーク』には準レギュラーで出演。

また、国立市フィルムコミッションの委員も務める。

やはり優斗君のことがあったからでしょう。

障害を持った子のため、その親のための活動を活発に行っているようです。

さらに現在は女性支援の会社「Women’s Labo」を立ち上げて経営しているそうです。

2012年に山梨県韮崎市の親善大使に就任。

2014年(56歳)、カメラマンとなり、履歴書用写真の撮影で成功する。

親善大使にカメラマン!

親善大使というのは女優さんだったことからもわかりますが、カメラマンというのはどういうことなんでしょうか?

2015年4月26日、国立市議会議員に当選

国立市議会議員としての月収は49万円で、年収700万円である。

2015年の選挙で議員に当選して、現在も続けられているそうです。

自叙伝を書いたら相当な量になりそうですよね。

活発な女性で目を見張るものがあります。

これからも元気に活躍していってください!

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