本田博太郎の息子は本田大輔。若い頃や話し方について。

蜷川幸雄演出の舞台「近松心中物語」「ロミオとジュリエット」で、1979年度ゴールデンアロー演劇部門新人賞を受賞し、大河ドラマ「龍馬伝」等、時代劇への出演も数多い本田博太郎(ひろたろう)さん。

本田博太郎さんの若い頃や息子さんについて紹介します。

本田博太郎の息子は本田大輔。

1951年生まれの本田博太郎さんは若くして結婚し、「近松心中物語」でブレイクした1979年には、すでに3人のお子さんがいたことが知られています。

長男の本田大輔さんは本田博太郎さんが27歳になった、1978年8月29日に生まれています。

本田大輔さんは俗にいう二世タレントですが、俳優として、期待されています。

本田大輔。父は本田博太郎である。

女性ファンの反響を受けて続編も決まった『アシガール』で、殺し屋のような動きを見せる如古坊を演じた本田。

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坊主姿の役作りのため、あっさりスキンヘッドにしてしまったという。

思えば、父も必殺シリーズなどでは水に入り、泥にまみれ、体当たりの演技が評価されている。

映画『北京原人Who are you?』では、誰も演じたことがない北京原人役をもこなしたことで知られる。

そんな父にも負けない思い切りの良さと内に秘めたパワーがじわじわとドラマでも発揮されている。

戦国大名・羽木家の跡取り・羽木九八郎忠清の兄・成之が育った寺で知り合い、ずっと行動をともにしている僧を演じますが、この演技が評価を得ています。

本田博太郎の若い頃の画像

本田博太郎さんは、1951年2月8日生まれ。

茨城県水戸市の出身で高校卒業後まもなく家出同然で上京。

1975年から俳優として活動しています。

1977年には日活ロマンポルノ『性と愛のコリーダ』で映画に初出演していますが、その後もなかなか芽が出なかったため、俳優を辞めて故郷に戻ろうかと考えていたそうです。

しかし1979年の舞台「近松心中物語」で主役の平幹二朗さんが公演中に腰を痛め降板してしまったことをきっかけにブレイクします。

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「まったく異次元の世界にポンと入ってしまったわけですから、夢の中の物語みたいなもんでしたよ。

ストレスでヘルペスはできるし食べたものは全部吐いてしまうし。

台詞を全部覚えられないので、ソロバンのところに台詞を書いたメモを貼り付けたりして、なんとか乗り切りました」

これをきっかけに工藤栄一監督の「必殺シリーズ」や、井上昭監督の「鬼平シリーズ」、『新宿鮫』や『砦なき者』などのテレビドラマに出演するようになります。

本田博太郎の話し方がワンパターン?

本田博太郎さんというと、ぼそぼそというか、少し震えたような低い声が話題です。

特にCMでの印象が強いようで、最近では「ビズリーチ」のCMで人事部の上司役でのセリフ、「ん?これは… すごい経歴だ! 即戦力じゃないか こっちはライバル会社!? これも!これも!!これも!!!」

「おい君 いったいどうしたんだ?」といった名セリフなどのほか、オダギリジョーさんと共演したライフカードや唐沢寿明さんと共演したサントリー頂「お義父さんと」篇などたくさんのCMに出演しています。

映画、お芝居、ドラマ、CMと幅広く出演していることに対して、ご本人は、

「自分は役者という職人だと思っていますから、いただいた仕事は2倍、3倍にしてお返して喜んでもらう。それが務めです」

と答えられています。

本田博太郎さんの若い頃や息子さんについて紹介しました。

本田博太郎さんは名バイプレイヤーとして、多方面で活躍していますが、役者さん同士でもとても演技力の高さに評価されています。

NHKの朝ドラ「べっぴんさん」で演した女優の蓮佛美沙子さんは、

「いやもう、私はあの台詞回しの虜です…弟子入りしたいくらい好きです」

と尊敬の思いを綴っていたり、胃腸薬「ガスター10」のCMで共演した濱田岳さんは、

こんな上司がいたら会社に行けなくなる」「胃だけでなく体中が痛くなる」などの声が上がるほどの迫力

とその演技力を絶賛しています。

多くの役者さんが尊敬する本田博太郎さん。今では名優のひとりと言って過言ではないでしょう。

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