六角精児には息子がいるの?出身大学や若い頃について。

ドラマ「電車男」など数多くのドラマに出演している俳優の六角精児さんですが、実は何回か結婚歴があります。

そんな六角精児さんには息子がいるとの情報があります。

そんな六角精児さんの息子、出身大学や若い頃についてまとめました。

六角精児には息子がいるの?

六角精児さんは4回の結婚歴があり、息子さんは3回目の元妻との子供だということです。

六角精児さんは若い頃にギャンブルにはまってしまったため、日に日に借金を抱えていったのです。

1人目と2人目の元妻からはそんな六角精児さんに愛想をつかしたのか、別れを告げられたそうです。

そして、六角精児さんは2003年に3回目の結婚をし、その3人目の元妻との間に子供ができるも、離婚をしてしまうようです。

3人目の相手は20歳年下の女性で、こちらは劇団研究生ではなく、六角精児さんが講師を務めていた専門学校の学生だったのだそうです。

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その女性と結婚を果たしたのですが、出産を理由に里帰りした嫁が戻ってこなくなってしまい、離婚に至ったのだとか…

子供が生まれたものの、旦那さんの状態を考えると不安になってしまったのでしょうかね。

なお、息子さんの名前や写真など、息子さんの情報を調べましたが、情報はありませんでした。

六角精児さんご自身もこの頃は次のように話されています。

六角精児は、「20代、30代の頃は辛すぎてよく覚えていない」と語っている

人生のどん底だったのでしょうかね。

なお、六角精児さんは4度目の結婚をしています。

インタビューでプライベートでの相棒は、7年間以上飼っている亀であると答えていたが、2011年10月に2度目の妻と復縁し、4度目の結婚をしていたことが明らかになった。

六角さんの4度目の結婚相手となった女性は、2度目の結婚相手の女性と再婚をしています。

離婚後も2人目の元妻に対する未練が残り続けていたようで、六角さんの側からプロポーズをして再婚にまでこぎつけたとか。

六角精児さんは、借金を返済しているようで、おそらく今は奥さんとの生活に支障は無いということなのでしょう。

六角精児の出身大学はどこ?

六角精児さんの学歴は意外にもエリートクラスの高校や大学が出身校であることが分かりました。

どうやらこの六角精児さんは幼い頃から教育ママの下で育てられていたみたいです。

六角さんの母親はかなりの教育熱心で、小学生の頃からテストでは80点以上をとらないと叱られて、悪い点をとった場合にはテスト用紙を土に埋めたといいますから驚きです。

相模原市立上鶴間小学校から相模原市立上鶴間中学校を経て、神奈川県 厚木高校 偏差値69(超難関)に進んでいます。

同校は神奈川県の公立校でもトップクラスのレベルを誇る難関校です。

また六角さんは当初は芝居などに興味がありませんでしたが、同校に入学した際に当時は部活への加入が義務付けられていたことから演劇部に入部します。

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やはり幼い頃から厳しく育てられていたので、高校は難関高校に進んでいます。

そして大学についてはなんと、皇族の方が進まれるあの大学です。

出身大学:学習院大学 経済学部経済学科(中退) 偏差値60

六角精児さんは当初は俳優を目指すために日本大学芸術学部を受験しますが、まさかの不合格となりました。

しかももともと頭脳明晰だったので、一浪を経て学習院大学に入学します。

とは言え、大学入学後はギャンブルにハマり、劇団の舞台に出演もしていたため2年生以降は進級ができなくなりました。

結局は同大に6年間も在籍後に中退しています。

せっかく学習院大学に入ったのにもったいないですね。

幼い頃から勉強をさせられて、ここにきて嫌になってしまったのでしょうかね。

六角精児の若い頃について

結婚歴や学歴を調べるといろいろと面白い内容の六角精児さんの若い頃について調べてみました。

姫路市で生まれ、幼少期を高砂市で育っている。

小学生の時に高砂市から相模原市へ引越す。

このため関西弁も話せるが、日常生活では関東弁を話す

実家は居酒屋経営であった。

ドラマ「ナニワ金融道」など六角精児さんの役のせいか、大阪のイメージがありますね。

そんな六角精児さんはいつから俳優の道に進もうと思ったのでしょうか。

最初、芝居は好きではなかったと発言し、「中学生の時に演劇部を見たが、あれをやる人の気持ちがわからない」とも語っている。

進学した神奈川県立厚木高等学校では、当時、生徒全員部活に入部しなければならないという決まりになっており、たまたま誘われた演劇部に入部

この時は「すぐに退部できそうだと思っていた」と言う。

しかし、当時の演劇部部長の横内謙介(後の劇団扉座座長)に六角がキャスティングされて出演した舞台が演劇コンクールの全国大会まで進出。

結局その後もずっと演劇部には在籍していたが、その後も「早く終わらないかな」などと思っていた一方で「観客の前に立つというドキドキする思いが嫌いじゃなかった」とも語っている。

その後、横内を中心としたこの時の演劇部のメンバーで善人会議を創立し、六角も誘われて入団

後に劇団扉座と改名して活動。

部活が必須でたまたま入った演劇部がきっかけで今の六角精児さんがいるので、六角精児さんの親が教育熱心でなければ、演劇部にも巡りあっていなかったかもしれませんね。

もしかしたらギャンブルも…。

六角精児さんはその後は様々なドラマに出演しています。

2006年には1クール内で3本のドラマにレギュラー出演。

『電車男』に出演したころからテレビのレギュラー出演が入るようになり、借金の全額返済に成功する。

おそらくドラマ「電車男」で六角精児さんを知ったという方もいたのではないでしょうか。

六角精児さんは、これからもドラマへの出演がたくさんあると思いますが、今後はちょっと見方が変わるかもしれませんね。

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