加藤登紀子に息子がいるの?年齢や乳がんの噂について。

今回はシャンソン歌手の加藤登紀子(かとう ときこ)さんについてみていきましょう。

加藤登紀子には息子がいるの?

加藤登紀子さんはシンガーソングライター、女優、作詞作曲家と幅広い分野で活躍しています。

「おときさん」の愛称で親しまれ、現役大学生のときに歌手デビューを果たし世間に衝撃を与えました。

私生活では学生運動指導者の藤本敏夫(ふじもと としお)さんと結婚し、3人の娘さんに恵まれています。

次女は、現在歌手として活動しているYae(本名 藤本八重)です。

NHKのみんなのうたでオンエアされた「名もなき君へ」は、作詞・作曲も手がけています。

また、テレビドラマの挿入歌になった「名も知らぬ花のように」は、母の加藤登紀子が作詞、娘のYaeが作曲をしています。

スポンサーリンク

息子というワードが浮上するのは、加藤登紀子さんの作品に「息子」という曲があるからのようです。

加藤登紀子が結婚した旦那は?

加藤登紀子さんが歌手として活躍している一方、時は大学紛争のまっただ中でした。

学生運動が全国各地で激しさを増していたこの時代、反帝全学連副委員長を務めていたのが夫となる藤本敏夫さんでした。

警察からマークされていた藤本敏夫は、結局、1972年4月に公務執行妨害等の罪で逮捕されます。

懲役3年8カ月の実刑を言い渡された藤本敏夫は、中野刑務所に収監。

もちろん獄中にいる人との恋愛に、加藤登紀子の周囲は猛反対しましたが、加藤登紀子の実母の淑子は、応援し続けたそうです。

母の後押しもあって交際を続けていた加藤登紀子さんは、ついに藤本敏夫さんと獄中結婚をします。

同志社大学在学中に学生運動に参加し、反帝全学連副委員長を務めていた藤本敏夫。

懲役を終え、生活が落ち着いてくると表舞台から身を引き、食と農をテーマにした活動を始めます。

1981年には、多目的農園「鴨川自然王国」を千葉県鴨川市に設立した藤本敏夫は、1999年に農林水産省関東農政局の諮問委員に就任。

その後の人生を農業に捧げ続けてきた藤本敏夫は、2002年7月、患っていた肝臓ガンのため、その波乱万丈の人生を終え永眠しました。

現在も獄中結婚に周囲の目は厳しいので、1970年代でしたら今以上ですよね。

そんな周りの批判にも負けない2人の絆は本物だということでしょう。

加藤登紀子の年齢は?

1943年12月27日うまれの加藤登紀子さんは、現在74歳になるベテラン歌手です。

楽曲リリースとしては2014年1月1日、「富士山だ」を全世界に向けて音楽配信で発売したのが最後となっていますが、現在もさまざまな活動をしています。

スポンサーリンク

デビュー50周年を迎え、加藤登紀子さん恒例のほろ酔いコンサートも開催されました。

このほろ酔いコンサートは全国各地で開催されており、観客はお酒を片手に、また、加藤登紀子さん自身も歌の合間にお酒を飲みながら進むという人気のコンサートになっています。

加藤登紀子は乳がんの手術を受けていた?

加藤登紀子さんは乳がんを患っていたことを今年になって公表し、世間の注目を集めました。

歌手の加藤登紀子(74)が1990年に乳がんを患っていたことが20日、分かった。

24日放送のラジオ関西「加藤登紀子の地球に乾杯!」で明かしている。

加藤はデイリースポーツの取材に応じ、91年に左乳房の一部を摘出したことを告白。

ファンや関係者に「気を遣わせたくない」というプロ根性で0年近く内密にしてきたが、「病気を話し出せる雰囲気を作りたい」と口を開いた。

現在は完治していて体調に問題はないとのことですから、一安心ですね。

乳がんが発覚したのは28年前で、ニューヨーク公演の際に左胸にしこりがあることに気付いたそうです。

「まさか…」と思い、帰国後に病院へ直行。

ピンポン球くらいの腫瘍が発見され、「悪性の可能性が非常に高いので、すぐに手術を」と診断された。

それまで病気一つしてこなかった加藤にとっては人生初の体験。

「不思議と恐怖はなかった」というが、「周りの方に気を遣わせたくない、普通に仕事したい!という思いでした」。

そのため、病気は身内と事務所関係者のみ知らされ、翌年1月9日、極秘裏に手術を受けた。

乳がんにより摘出手術を受けていましたが、プロとして周囲に心配をかけないために癌を隠していたそうです。

加藤登紀子はロシア料理店を経営している?

加藤登紀子さんは意外にも、飲食店を経営しています。

ロシア料理店「Sungari(スンガリー)」というお店で、もともと加藤登紀子さんのご両親が開業したお店です。

加藤登紀子の両親は、旧満州にいた際に、ロシア人の住居を間借りし生活していたことがあり、ロシア語が堪能でした。

また、近所に住むロシア人との交流も盛んで、その際にロシア料理を教わっていたのだとか。

そんな経緯もあり、ロシア料理店をオープンさせた加藤登紀子の両親。

ロシア人が来日した際に食べにくることがあるほど、本格的なロシア料理のお店です。

なんと、シルク・ドゥ・ソレイユのスタッフや、フィギュアスケートのプルシェンコ選手も来店したのだとか。

かなり本格的な味だと評判で、ロシア人が「ロシアよりも美味しい」と評価するほどだそうです。

複数店舗展開するほど人気のお店を経営しているなんて、すごいですね!

スポンサーリンク
スポンサードリンク



シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする